2017年6月7日水曜日

ちかくに行くという知覚

よく若者が〇〇から離れている、というニュースがある。

これわざとなんじゃないか?というぐらい定型文として使われている。車、日本酒、タバコ、旅行、パチンコ…。
そのうち「若者の若者離れ」みたいに言われちゃうんじゃないかというぐらいだ(もうあるかも)

ところで、「離れ」と言うからには、過去に若者たちがそれらにくっついていた事実があったのか、と言われれば、そういうことではない。

簡単に言うと「離れ」とは、「昔の」若者は興味があったけど「今の」若者は興味がない。ってことだ。つまり、比較する若者が異なることになる。それって厳密には離れてないのではないか。

たぶん、興味の対象について、「今の」若者は最初から興味がない。
離れているのではなく、そもそも近づいていない。もしかしたら若者からしたら、興味がないことすら気づいていないレベルなのかもしれない。

この「離れ」を使っているのは「昔」若者だった人たちが「今の」若者たちに向けて使っている言葉だと想像できる。ずいぶん勝手な日本語に聞こえる。

対象が商品やサービスなのだとしたら、提供する側は、若者世代の取り込みに失敗していることになる。離れているのは果たしてどっちなのだろう?

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