2019年10月3日木曜日

コスト

僕らは毎日コストを払っています。それはお金かもしれませんし、体力かもしれません、個人レベルで、一番大きなコストはおそらく時間です。時間は必ず有限であり、過ぎ去った時間は今のところ絶対に取り戻せません。
そんな一番大事なコストを、優先順位の低いコストとして扱う人が多いのかな、と感じます。遠くに移動するとき、徒歩で移動すると、体力と時間というコストを払います。もし200円払って、電車に乗れば、使うはずだったコストは浮きます。使用するのはお金というコストぐらいで済みましょう。

一方、もう少し高めの視点から考えてみると、例えば僕らが普段利用することがある電車は、とんでもないエネルギーを使っています。電車一本を走らせるために必要なエネルギーは、鉄道に詳しい人ならわかるでしょうか。これは、地球環境にとって大きなコストのはずです。国内で一日に走っている電車は一体何本なのでしょう。そして、そのために必要なエネルギーを生産するためには、どのぐらいの環境を破壊する、つまりコストを払っているのでしょう。僕らが安価でその電車に乗れるのは、大人数が使うことで、ひとりひとりが負担するコストを軽くしているだけです。
環境問題の話をしたいわけではありませんが、僕らは「毎日」コストを払っています。そしてそれは、もしかしたらあまりにも大きすぎて、なかなか見えないものなのかもしれません。先ほどの時間についてもそうですが、コストが目に見えづらいものであればあるほど、僕らはそれを無責任に、無尽蔵に浪費してしまう傾向があるのではないか、と感じています。

2019年6月18日火曜日

デフォルメされたもの

デフォルメとは、何かを省略する工程です。元々は彫刻や絵画などで、形状を意図的に強調したり変化させたりするという意味の言葉でした。それが誇張・省略という意味を表す日本語として使われているようです。

省略されることで、見せたいものをより注目させて見せる、伝えることができます。

映像はあらゆるデフォルメが行われており、絵コンテを描く僕も、いろんな技術を表現に使用しています。
実写でも、例えばニュースなどは、数時間かけて起きた出来事を、1分とかにまとめたりしますよね。僕らはその短くなった情報を見ることで分かった気になります。

省略するということは、本来あったものを削るという行為でもあります。その削られたものは何処に行くのでしょう。

人物の感情をデフォルメするとどうなるか、もし現実であれば、もう少し感情の変化の瞬間を緻密に描けたかもしれない。仕草をより自然に見せることができたかもしれない。
場所に関しても、その時の気温は、天候は、匂いは。「晴れ」ひとつとっても、実際はもっと微妙なニュアンスの違いがありますね。細やかなものを省略することで、見えなくなってしまったものもあったかもしれません。

こういった行為は必要とはいえ、実は知らぬ間にデフォルメをして伝える側にも影響を与えているかもしれません。
自分の内部をデフォルメすることで、大事なものまでそぎ落としてはいないか。省略にこなれて、雑になってはいないか。デフォルメすることで分かった気になっていないか。

僕らは現実世界を生きています。デフォルメの世界ではありません。
喜怒哀楽というけども、実際のところ、感情はそんな簡単に割り切れるようなものではないはずです。嬉しさひとつでも、いろんな種類があります。

デフォルメは、創作物に囲まれた僕らにとって、想像以上に身近なものになっているかもしれない、と感じています。
しかし、日々の中には簡単に省略してはいけないもの、大切なものがきっとあります。
何かを表現するとき、何を省略して、何をそぎ落としたのか、常に気を付けたいですね。

2019年6月14日金曜日

その土地の気候とか環境とか

その土地の気候に対して、人が感じ取るものは多い。
気温一つとっても、快適な日数の多さでストレスや、ひいては体調面にも大きく左右することと思う。
なんだかんだ言って、環境が極端ではなく、人が快適だと感じ取る安定した気温や湿度の土地、そして災害の少ない土地は発展しやすいのかもしれない。
インドネシアの首都機能を将来的にジャカルタから移転するニュースがあった。台風の被害が頻繁に発生しその対策や回復に莫大なコストがかかっているらしい。また、人口が爆発的に増加しているなどの理由があるそうだ。ジャカルタのあるジャワ島だけで国の総人口の60%近くが集結している。

日本の首都圏だって3000万人という常識外れな人口過密地帯である。Googleマップで見たら、そのギュウギュウな様子はかなり異常だなと感じる。
自分は20年近く東京に住んでいるが、年々暑いと感じる日が増えている。熱中症的な症状にも都内で過去2度体験した。日差しは強く、その熱は地面から反射する。紫外線も強烈だろう。
あと風が強い日が多くなった気がする。急激に気圧が変化する日が増えたか、あとはビルが多いからだろうか。都内は、沿岸部にタワーマンションをはじめ高層の建物が増えているため、海風の向きが変わったといった話も聞いたことがある(ちゃんと調べたわけではない)。
毎日大気汚染のページをチェックしているが、都内は、光化学オキシダントの濃度が高い。特に夏場は夜になっても数値が下がらず、外に出るのもためらわれる。工場や自動車から発生する非メタン炭化水素も同様で、晴れの日が続くと、濃度が上昇するようで、こういった日は自分は何となく息苦しく、肌もピリピリと感じる。あまり効果はないかもしれないけど、夏場でも外出時は極力マスクをしている。


こうやって書いていくと、都内はやはり住む環境としては決してよくはないなあと思う。ただ、それ以外で恩恵を受けていることも多いから、一概に都内が嫌というわけではない。少なくとも、安全であれば、それだけでもかなり贅沢とも言える。

2019年5月1日水曜日

令和

令和になりました。令和のラ行の音が好きです。
何かを始めるきっかけを作る人もいそうですね。
平成も色々ありましたが(ざっくりしすぎ)、「美しい調和」ということで平成に続いて、平和な世の中が続いてほしいなあ。と月並みながら思います。
アニメーションは、令和になっても、もっと栄えると良いなとも思いますね。

2019年1月31日木曜日

得意と好みと

よく仕事は好きなことを選ぶべきか得意なことを選ぶべきか、みたいな話を聞くことがあります。どんな世代でも聞かれるので普遍的な要素があるのかなと思います。
僕は個人的には、自分が得意なことをやればいい、もっと言うとそれは他人にとって不得意なものをやればいいという考えです。
また、好きなことを仕事にすることも良いんじゃないかなぐらいには思ってます。

ただ、どういうパターンでも、言うほど悪くもないと思うし、本人の受け取り方次第かなとも思いますね。例えば以下のパターン。

①得意ではないことをする→やってるうちに得意になる可能性はある。
ずっと不得意なことをやるのはあまり利が無い。さっさとやめれば不得意だったと知れる経験を得られる。
②得意なことをする→楽しいし、人から感謝されることもある。

③好きなことをする→過剰摂取にさえ気を付ければ楽しい。
④好きではないことをする→好きになる可能性は無くはないが元々好きでなかった場合は、好きになることはほとんどないと思う。得意なものに化ける可能性もある。なので、好きでなくても得意、というものはあるかもしれない。

実際はもっといろんなパターンがあると思うけど、どのパターンも考えようによってはプラスの要素がちゃんとあると思うんですよね。
継続で言うと、②は長いこと続きやすいのかもしれない。
意外と多そうなのは④でしょうか?

2019年1月26日土曜日

描写の更新

スマホで電話をとる時、「彼は受話器を取った」では表現としておかしいですよね。「(アイコンを)タップした」とか「(画面を)スワイプした」みたいな表現が望ましいのかなと思います。

ちゃんと知識や情報の更新が行われて、想像力があれば「いや、これ受話器を取るって描写はおかしいでしょう」とチェックが入って修正されると思います。そのまま映像とかになってしまったらたいへんですもんね。スマホに受話器が実装された世界になってしまう。僕は気付ける人になりたいです。

2019年1月1日火曜日

2019

あけましておめでとうございます。
昨年も一度も風邪を引かず、腕や肩が凝るとかは相変わらずですが、トータルではまあまあ健康に過ごせました。本年もまずは健康に過ごせることですね。